人に手を貸すのは、とても簡単なことだけど。それが本当に相手のためになるかを考えると、人助けってすごく難しいです。

  • 2020.02.03 Monday
  • 19:22

 

こんにちは。

 

最近、晴れの日が続いて肌が乾燥しているので、

 

ちゃんと保湿しないとなぁなんて、ぼんやり考えています。

 

 

 

 

 

この間、スーパーの帰り、家に向かって歩いていると、

 

荷物を持ったおばあちゃんが、少し息を荒くして歩いていました。

 

たまに見かける方だったので、近くに住んでいるのだろうなぁ、と。

 

一応、気にかけながらも、手を出さずに横を通り過ぎました。

 

 

「持ちましょうか?」と声をかけて手伝うのは簡単ですが、

 

この方は、日常的に徒歩で買い物に出ていて、これが「いつものこと」なのです。

 

 

歩いて買い物に行くということが、この方の運動であり、

 

変わらぬ日常を長く続けるためには必要なことです。

 

私が簡単に手を貸してはいけません。

 

 

しかし、本当につらそうなら手を貸そうと気にかけていました。

 

 

私が通り過ぎてから5メートルくらいのとき、

 

うしろから「ガサッ」とビニール袋の音がして、

 

振り返ると、おばあちゃんが膝に手をついて立ち止まっていました。

 

 

とりあえず、声をかけようと、おばあちゃんに近づこうとしましたが、

 

私に気付いたおばあちゃんが、

 

 

「大丈夫よ。家はすぐそこだから」と、目の前の家を指さしました。

 

「ありがとうね」と言ってくださり、また歩き始めました。

 

 

私も、頭を下げて、そのまま家路につきました。

 

 

結局のところ、私はなにもしていないのですが、

 

やっぱり「ありがとう」と言われると、なんだか心がポカポカしてきます。

 

 

「手伝うよ」「やるよ」と簡単に手を貸すことは、その方のためにはなりません。

 

それがわかっているからこそ、

 

今回は、「おばあちゃんが、膝に手を当てて立ち止まっている」のを見てから、

 

声をかけるという行動をしようとしました。

 

 

高齢者であっても、「自分でできること」はしていかないと、

 

生活の質(クオリティオブライフ)が下がってしまいます。

 

 

私も若いころは、それを理解していなかったので、

 

簡単に手を出してしまっていましたが、

 

大人になった今は、なんでもかんでも助けていいわけではないということがわかったので、

 

高齢者が大変そうに歩いていても、無暗に手を出さないようにしています。

 

 

「困っている人には手を貸してあげたい」という気持ちは、今も変わりませんが、

 

その方の、日常のこと、先を見据えたことを考えたうえで、手を貸すかどうかを決めています。

 

小さな親切、大きなお世話という言葉があるように、

 

ほんの一瞬だけでも手助けしたことが、相手にとって不利益になることもあります。

 

 

それを理解してしまったがゆえに、

 

大人になったからこそ、

 

「人助けって、すごく難しい」と感じるようになりました。

 

 

 

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