小説 【彩られた無色】 第11話 「優しさ」を拒絶できない

  • 2019.06.11 Tuesday
  • 12:09

 

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小説 【彩られた無色】 第10話 幸せになってはいけないのに。

 

 

 

第11話 「優しさ」を拒絶できない

 図書館から出ると海野さんは私のバッグを持って歩きだした。
 自分で持つと言ったが、本が2冊入っているのを知っているからか返してはくれなかった。そして、私の隣を歩く。

 バッグを持っていないことに違和感があるが、無理に取り返すのも失礼になるのかもしれない。
 海野さんは体格がよくて、工場で働いているからか筋肉質だ。脂肪も多いようだが、筋肉のほうが多いので嫌な太り方をしていない。お腹はだいぶ出ているけれど。

 歩くのが遅いなと思って「もう少し早く歩いても大丈夫ですよ」と言ったが、「早く歩くと膝が痛い」と返された。
 普段は歩かないし、運動もしていないらしくウォーキングには不向きのようだ。
 なので、私が彼に合わせてゆっくり歩くことになる。普通は逆なのかもしれないが、これはこれでいいのかもしれない。
「俺、美術館は久しぶりで…って言っても、そんなに来ていたわけじゃないんだけど」
「私はよく行きますよ。落ち着きたいときとか」
 実のところを言えば、暇だから美術館に足を運んでいるのだが、それを言うのも恥ずかしい気がする。

 美術館へ向かう途中、なにを話したかと聞かれればたいしたことを話したわけではない。
 というよりも、すぐに忘れてしまうようなことを話したように思う。
 今まで、誰かの隣を歩くことは苦痛でしかなかったのに海野さんに、その苦痛を感じることはなかった。
 居心地がいいとは違う。ただ、苦痛がないだけだ。

 美術館の企画展はエジプト文明をテーマにしたもので、神秘的なものに触れることが好きな私は絶対に行こうと決めていた。
 行くことができるのは嬉しかったが、誰かと一緒であることに違和感もあるし、ゆっくりと見て回りたいのもあったから、また1人で来るのもいいかもしれない。

 受付カウンターでチケットを見せてチラシと展示目録を貰った。
 展示室の入り口に「本日はトークフリーです」という張り紙がしてあって、海野さんは嬉しそうにしていたから、やっぱり無言でいることが苦痛なのだろうか。
 私もいつもは1人で展示を観ているから、誰かと一緒というのはどうしたらいいのかと思っていたけれど、会話ができるのであれば困らないかもしれない。
「俺、エジプトとか好きなんだよ」
 海野さんは本当にワクワクした顔をして展示室へ入っていった。
 置いていかれたようになった私は慌てて追いかける。エジプト文明というものは男性をワクワクさせるのだろうか。

 展示室内でお喋りができる日とはなっているけれど、あまり会話をしている人はいない。
 時折、話し声が聞こえてくるが小声で気を使っているようだ。
 小声であっても、話ができることは嬉しいのだろう。こういう日は、いつもお客さんが生き生きしているように見える。

 美術館には頻繁に来ているけれど、エジプトに関する展示は初めてだった。
 本で読んだりテレビで見たりして少しだけ知っている程度で詳しいわけではない。実際に見るのは初めてだった。
 頻繁に来ているといっても、ただの暇つぶしだから特に興味があるものがあるわけでもない。
 ただ、なにかの作品や歴史に触れることで私の世界になにか変化があるかもしれないという期待もあったのだろうかとは思う。
 コンビニのポップ作りもあるし知識や感性を磨くことも仕事のために必要だった。

 展示室に入ると海野さんは顔を輝かせていた。
 ミイラの作り方やツタンカーメンを見るたびに嬉しそうに笑って、いろいろなことを話してくれる。
 彼の話は楽しくて、面白くて、もっと聞きたいと思ってしまうほどだった。
 正直なところ、見た目とは違って知識も豊富で思慮深い。
 彼なりの考えを持っているし、それも知識と経験に付随している。展示の説明文にないことまで説明してくれて、隣にいた男性と意見を交わしていたくらいだ。
 
 その男性は大学で講師をしている方らしく、2人とも楽しそうだった。
 邪魔してはいけないと、近くの展示物を見ていたが彼らの話を耳に入れていた。
 エジプトのことはよくわからないけれど、海野さんが楽しそうだから放置されていても気にならなかった。

 展示室内にあるベンチに座って、見本として置いてあるパンフレットを読んでいると背後に気配を感じた。
 海野さんは申し訳なさそうにあいていたけれど、気にしていないというと安心したように笑った。

 そのあとは、彼の話を聞きながら展示室を一周して、近くのカフェでお茶をした。

「今日はありがとうございました。いろいろな話が聞けて楽しかったです」
「よかった。今度はどこに行きたい?」
 今度と言われても困ってしまう。私の感情を理解したのか海野さんも困ったような顔をした。
「いや、あの…純さんが恵梨香ちゃんは滅多に出掛けたりしないって言っていたから」
 確かにそうだ。私は基本的に外出をしない。
 理由は面倒だからだ。
 美術館は徒歩圏内にあるから足を運ぶだけで、それ以外には行く気がしない。必要とも感じていない。
 それでも、いつも一緒にいるのだから何処かへ行ったほうがいいのだろうか。
 海野さんと一緒なら苦痛ではなさそうだけれども、それでも戸惑いに似た拒絶をしてしまう自分がいる。

 必要以上に人と関わらないという決心が揺らぎそうになるけれど、それでも関わりたくないという根強い感情がある。
 心に決めたのは昔の話と言ってしまえば、そうなのだけど。
 ああ、どうしたいのかわからない。
「じゃあ、次は水族館に行こう」
「すい…ぞく、かん?」
海野さんは優しく笑っていたけれど、拒絶が許されないと感じた。
泪-rui-

小説 【彩られた無色】 第12話 彼の傍にいてはいけないのだ

 

 

 

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